ストレッチはウォーミングアップに行うべきか?
ストレッチ研究から読み解く理論と実践

ウォーミングアップの一環として誰もが思い浮かべるのは、「ストレッチ」ではないでしょうか。

運動前に軽く体を動かして筋を緩めるという考え方は、昔から多くのスポーツ選手や愛好家、そして指導者に広く認知されていました。しかし、 現在多くの人がイメージする静的ストレッチ(=ゆっくり持続的に筋を引き延ばす)が日本に紹介されたのは決して古い話ではありません。その歴史は40年弱と言われていて、紹介された当時はもの珍しく見られていたことでしょう。

ストレッチは現在でも、選手自身や指導者、トレーナーなど様々な方が実践と研究を深め、その効果を議論し続けています。世の中には「ストレッチ専門店」もあるくらいなので、言葉自体の認知がそもそも高く、すっかり日本に浸透していますね。

その一方で、 ストレッチは活発な研究対象になるからこそ、様々な付加価値がつけられて日進月歩で変化し続けているとも言えます。そういった状況だからこそ、原点回帰はやはり重要ではないでしょうか。

そこで今回は ストレッチの理解を深めるべく、『原典』とも言えるボブアンダーソンの『STRETCHING最新の研究を参考にしながら、ストレッチに関する情報を整理していきたいなと思っています。原典は古い考えではありません、物事のスタートです。ぜひその本質を掴んでいきましょう。

 

ストレッチとは

ストレッチ黎明期

ストレッチの概念が現れたのは1960年ごろ。アメリカで「ゆっくり筋を伸ばすことで柔軟性の改善に効果が期待できる」という論文が発表され、その論文の中で「ストレッチ」という言葉が出てきました。
(当時の論文にはなかなかたどり着けなかったのですが、こちらの書籍から引用させてもらっています)

当時は「1、2、3、4」という掛け声をかけながら反動を使って筋を伸ばす柔軟体操が主流で、それでもまだ足りなければ上からグイグイ押して柔軟性を高めることもありました。今でも見なくはない光景ですね。しかし、 こういったやり方よりもゆっくり筋を伸ばすような「静的ストレッチ」の方が有効なのでないかと異を唱えたのがボブ・アンダーソン。彼が1975年に『STRETCHING』という本を出版し、静的ストレッチの理論や方法を図を使って解説しました。これにより静的ストレッチの概念が広く世の中に広まったと言われています。

そもそも静的ストレッチがそれまでなかったかと言われれば、そんなことはありません。むしろ、ボブ・アンダーソンがこの本を出版する遥か昔から同様の行為は行われていました。

たとえば「ヨガ」。今から約4500万年前まで遡りますが、さまざなポーズで姿勢を作っていくヨガそのものが静的ストレッチと非常に似た行為でした。また、「クラシックバレエ」など表現系のスポーツであれば、柔軟性そのものが大事な武器になります。筋をゆっくり伸ばす行為は昔からやられていましたし、ボブ・アンダーソンは決して新しいことを作り出したわけではありません。

ボブ・アンダーソンが世の中に与えた大きなインパクトは、昔からやられていた筋を伸ばす行為に”STRETCHING”という名前をつけたことなんじゃないかなと思います。stretchingを和訳すると、「伸ばす」という意味になりますが、その和訳に「筋肉や関節を伸ばして体をほぐす体操」が付け加わったことは非常の大きな功績でしょう。

日本に伝わってきたストレッチ

日本にストレッチの概念が広く紹介されたのは1981年。ボブアンダーソンが書いた『STRETCHING』が和訳されたことがきかっけでした。当時の日本もアメリカ同様に、弾みをつけて行う準備体操や、それでも足りなければ上からグイグイ押して柔軟性を高めようとする行為が主流でしたが、日本語版の訳者である堀居先生がアメリカへスポーツ研修ツアーに参加した際に、現地で行われていた静的ストレッチをみて「これだ!」と思い、日本語版出版に繋がったそうです。
(※「ボブ・アンダーソンのストレッチング」訳者あとがきより)

当時はまだ今のように情報が溢れる時代ではありませんでしたが、そうであるからこそ情報が大きく歪んで伝わることもなく、原著を実際に読んだスポーツ指導者や愛好家らが実践し伝えてきたと考えられています。

現代では非常に様々なストレッチングが「手技」としても「商品」としても広まってきています。一つ一つを拾って見ていくには不可能なくらい”我流亜流”が溢れていると感じています。物事の”我流亜流”が増えることはそれ自体の研究が活発な証拠なので悪いことだとは思っていません。しかし、そういう状況だからこそ、原典に一度きちんと戻ってみることも大事でしょう。

 

ストレッチの『原典』から読み解く大切なポイント

ボブアンダーソンが書いた『STRETCHING』は今でもまだ一般の書店で手に入る本です。表紙を見ると非常に歴史を感じますが、その中身は逆に新鮮さすら覚える内容です。日本には「守破離」という考え方がありますが、『STRETCHING』はまさに「守」の部分にあたります。原典を全てここで網羅することはさすがに無理ですが、今読んでも新鮮に感じる言葉がたくさんあるので、それらを紹介していこうと思います。

▶︎「ストレッチングは座ってばかりいる生活と活動的な生活との間の重要なパイプとなるものである」

『STRECTCHIN』が発売された当時、アメリカでも運動不足が社会問題化してきている時代でした。産業革命以降、手で行なっていた作業がどんどん機械化され、体を動かすことが少なくなったためです。そういった人々が運動を行う前段階のエクササイズとしても、ストレッチは紹介されています。

現代社会は『STRETCHING』の発売当時以上に人々は動かなくなり、運動不足が危惧されます。なかなか運動するための時間が確保できないような状況でも、日常生活と運動のパイプとしてストレッチを行うことも想定されていたことが、ここからも読み取れます。

▶︎「ストレッチングは簡単にできるが、正しく行われないと益よりもむしろ害をもたらしてしまう」

ストレッチに限ったお話ではありませんが、ここも疑いのない事実ですね。「正しく行うこと」はトレーニングでも治療でも一緒です。情報が溢れる現代だからこそ、ただしい知識を基にして正確に行うことはとても重要ですね。

▶︎「ストレッチングは簡単なものであり、苦痛を伴うものではない」

「硬くて痛いから」を理由にストレッチをやらない人は少なくありません。しかし、ストレッチが提唱された当初からストレッチは苦痛を伴うものではないという風に伝えられて来ました。非常に大事なことですね。どんなに良いものであっても、継続しなかれば意味がありません。ボブはそんな継続性の大切さを説いていたのかもしれません。

▶︎「ストレッチングはどこまで伸展できるかといった身体上のコンテストであってはならない」

ここにも無理なストレッチを禁止する一文が読み取れます。時々見かける無茶なストレッチ。特にペアでストレッチを行う際には、無理やり足を抑えて本人が痛がるまでストレッチをかけるといった場面も見かけますが、それはNGです。あくまでも簡単かつ苦痛を伴わないというところが重要です。

 

ストレッチに関する新しい示唆

物事の普及とともに研究が進むのはどの分野でも共通した事ですが、ストレッチ研究に関しても、これまでに様々な意見が出されてきました。ボブアンダーソン が『STRECHING』を出版した当時でも、決して全ての人が歓迎した訳ではなく、これまで通りのリズムをつけたような柔軟体操の方が効果的なんじゃないかという意見も根強くありました。

ストレッチの研究は非常に盛んに行われているので、物事のある一片だけを切り取って理解しようとするのは非常に危険で、より広い視野で見ていくことが重要です。

ストレッチはパフォーマンスを低下させる?

ストレッチの研究が進む中で 1990年代後半から2000年代前半にかけて、「スチレッチはパフォーマンスを低下させる」という見解が登場し、注目を集めました。約20年かけて徐々に(でも確実に)浸透してきたストレッチを180度方向転換させかねない論調に、当時の運動指導者たちは戸惑ったかもしれません。当時は運動前には入念な静的ストレッチをやるという方法が主流でしたからね。

そもそも、筋には「筋紡錘」と呼ばれるセンサーのようなものがあります。このセンサーは筋が引き伸ばされると瞬時に中枢神経(脊髄)へ信号を送り、筋が引き伸ばされすぎないようにギュッと収縮します。これを伸張反射と言い、体を守る防衛反応のようなものです。

さらにその「筋紡錘」の中には「錘内繊維」というものがあり、これが筋紡錘の感度を調整しています。筋がしっかり力を発揮するためには、「筋紡錘」もそれをコントロールする「錘内繊維」も両方が重要なのですが、静的ストレッチはこの両者の働きを鈍らせ、結果的に筋力が低下するというのが一般的な考察です。

ストレッチによる最大筋力の低下を初めて示唆したのは、1998年のKokkonenらの研究だと考えられています。彼らの研究を簡単に説明すると、「ストレッチをすると筋力が低下する」というものでした。その後もこのストレッチ否定論とでもいうべき論文は非常に多く発表されており、ストレッチの前後で垂直跳びやスプリント走がどう変化するかというものなど様々です。

最近ではストレッチの持続時間が体に及ぼす影響の検討もなされています。Siatrasらの研究ではストレッチの持続時間を10秒、20秒、30秒、60秒と差をつけて実施しそれが体に与える影響を検討しています。Winchesterらの研究ではストレッチのセット数を増やして筋力の変化を見ています。

ただし、球技や格闘技など、実際の運動パフォーマンスに与える影響を評価するのは難しいですし、筋力低下=パフォーマンス低下と安易い考えるるのは危険かなとも思います。

持久的パフォーマンスにストレッチは有効か?

これまで盛んに行われてきたのは「ストレッチが筋力にどう影響を与えるか」でした。

もちろん、あらゆるスポーツにおいて筋力は重要ですが、マラソンなどの長距離種目においては、筋力だけがパフォーマンスに影響を与える訳ではありません。こうしたことから、 持久的パフォーマンスとストレッチの関係についてはまだまだ情報が不十分で検証されている分野とはなかなかいいづらいのが現状です。

最近では「ストレッチと最大酸素摂取量の関係」「ストレッチとランニングエコノミーの関係」などに着目したものもありますが、その研究は十分とは言えず、ストレッチが持久的パフォーマンスにどんな影響を及ぼすかはまだ明確にはなっていません。ただ、今後さらに研究の対象になっていく可能性は十分に考えられるので、そう言った情報が出てきたら追記していきますね。

習慣的なストレッチの効果

ここまでは「ウォーミングアップとしてのストレッチ(運動前のストレッチ)」という点に着目して運動パフォーマンスに与える影響をまとめてきました。ここからは習慣的なストレッチ、つまりストレッチを継続的かつ日常的に行なった場合にどんな変化が起こるかという事についても簡単に触れておこうと思います。

Kokkonenらの研究(2007)では下肢に対して週3回のストレッチを10週に渡って実施したところ、柔軟性の改善はもちろんの事、立ち幅跳び垂直跳びなどに加えて、筋力の向上も確認できたと報告しています。同様の結果は実は数多く報告されており、 習慣的なストレッチは筋力や瞬発的なパフォーマンスを向上させるという考え方が主流になってきています。

こういった結果は非常に興味深く、例えば起床時、入浴後、就寝前など 「筋トレ」のような強い負荷をかけるトレーニングができない状況でも、「ストレッチ」で似たような効果が期待できるのではないでしょうか。ジムやトレーニング場のように広い場所がなくても、自宅の限られたスペースでも十分可能です。取り組みの結果に透明性があればストレッチを行うモチベーションにもつながるかもしれせんよね。

ただ、これらの研究データも筋力や瞬発的なパフォーマンスへの影響であり、持久的なパフォーマンスを向上させるかどうかはまだ明確にされていません。この点については、今後の研究が待たれます。

もちろん、 習慣的なストレッチが柔軟性を向上させてくれるので、それが怪我の予防につながる可能性は高いです。また、 習慣的にストレッチを行うということは、自分の体と向き合う時間をきちんと作るということでもあるので、体の異常にもすぐに気がつくことができるでしょう。

 

ランナーのための静的ストレッチ

ここまで述べてきたように、ストレッチがもたらしてくれる効果には様々なものが考えられます。その中にはもちろん「メリット」と考えられるものもあれば「デメリット」とみなされるものも両方あるので、近視眼的にストレッチを評価することはできないなと思っています。ストレッチによってもたらされる「効果」や「変化」を理解して、継続実施していくことが大事でしょう。

ランナーが静的ストレッチを行うべきタイミングとは?

静的ストレッチに関する研究に関しては上述の通りです。様々な研究がなされる中で、現場も混乱しているのが現状でしょう。ストレッチに関する研究は今後も変わっていく可能性は十分に考えられます。ただ、大事なことは自分の体で試してみることではないでしょうか?

「やらず嫌い」は得策ではありません。やってみて、その感覚を自分で確かめた上で、どういう風にやるか考えていく事をお勧めします。これまでの研究を踏まえた上で、現状でもっとも良いのではないかという方法をまとめてみました。これを基準にしてやってみて、ご自身の感覚で微調整してもらえたら嬉しいですね!

 

《ストレッチ実施のポイント》
(1) 静的ストレッチを行う場合は10〜30秒実施
(2) 30秒以上のストレッチは筋力低下に悪影響があるらしいといわれている
(3)パフォーマンスに直接影響があるかどうかは分からない
(4) ウォーミングアップとしての実施する場合は注意
(5)習慣的に行う静的ストレッチは柔軟性改善などによるパフォーマンスの向上が期待される

ウォーミングアップの一環として行うストレッチに関してはまだまだ不確かなところも多く、特に長時間の静的ストレッチは否定的な研究結果が多いので、30秒以上のストレッチは避けた方が無難と言えます。

また、日常的に行うストレッチは上述の通り、ポジティブな効果も多数報告されています。やる価値は十分あるのではないかなと思います。

 

ストレッチの具体的方法

ここからは具体的なストレッチの解説になります。詳しくはぜひ動画をご覧ください。ストレッチは

・いかに習慣化できるか
・簡単かつ効果的な動きであるか

が大事です。動画の中ではそれぞれの動作を一連の流れとして組み立ているので、ぜひ参考にしてみてください。

 

まとめ

世の中にはストレッチに対する見解は肯定論も否定論も含めて実に様々です。ただ、大切なことは実験で証明された現象ではなく、それが実際のパフォーマンスにどうつながるか?なのではないかなと思っています。

物事には良し悪しは必ずあるものですが、マイナス面を超えるようなプラスがあればやってしかるべきですし、物事の一面だけを捉えて全てをわかったようにすることも勿体無いなと思います。一つ一つの大事なポイントをまとめつつ、ぜひ実践の中でストレッチを上手に取り入れていって欲しいいなと思います。

マラソンシーズン真っ盛り!怪我なくマラソンを楽しめますように!!

 

November 20, 2019/怪我・故障/