ランナーに頻発する股関節の痛み!?
グロインペイン症候群のメカニズムと予防、リハビリ方法

股関節は人間が運動を行う上で非常に重要な関節の一つです。体重を支え、上半身と下半身をつなぎ、いろんな方向に脚を動かすことができる関節。 可動性に富み、高い強度を誇る関節という意味では解剖学上、”関節の最高傑作”と言っても言い過ぎではないと思っています。

股関節は筋、靭帯、関節の形状など様々な組織がお互いに補完しあうことで、強くて自由度の高い関節を作り上げています。運動をより高いパフォーマンスで行うためには、股関節のコンディショニングは非常に重要で、ここに痛みや違和感などがあれば、思った通りに動くことはできません。

重要かつ複雑な構造をしているがゆえに、痛みや何らかの症状(つまり感、違和感など)が出た場合、正確な原因を突き止めることがとても難しく、その結果症状の完治に時間がかかることもしばしば。 痛みが出てからその対処を考えることも大切ですが、股関節に関しては痛みなどの症状を出さないことも非常に重要なポイントになります。今回はそんな股関節の周辺に起こる痛みについて解説していきたいと思います。

 

股関節の安定化構造

股関節は人間の体幹部と下肢を結ぶ非常に重要な関節です。体を支えるという大きな役目を持っているからこそ、骨の形状には特徴があり、周辺の靭帯などと相互に作用することで股関節の安定性を作っています。グロインペイン症候群を理解する上で、股関節の安定化機構を理解することは非常に重要なので、まずはそこから解説していきたいと思います。

股関節の基本構造

股関節は「骨盤」と「太ももの骨(大腿骨)」からなる関節です。上述したように、体重を支えるという重要な働きがある一方で、人間が思い通りに動くための高い自由度が確保されているという特徴も持っています。股関節の形状は「ボール」「ソケット」の関係をイメージするととてもわかりやすく、受け皿側の寛骨(かんこつ)が凹面、大腿骨(だいたいこつ)の骨頭が凸面になっていて、それぞれが組み合わさるような構造になっています。

この股関節は筋、靭帯、その他の補助組織(関節包、関節唇)に覆われており、立ち座りなど基本的な動作に深く関わる関節です。人間の身体活動にとっては非常に重要な部分と言えます。

骨の形状による安定化構造

しかし、その一方で運動時の股関節には体重の数倍〜数十倍の圧力がかかります。そういった負荷を分散させるために太ももの骨には「捻れ」があります。

太ももの骨(大腿骨)を正面から見た時に、骨頭と骨体には約120度のねじれがあるのですが、これを頚体角と言います。この骨のねじれは体重を両下肢に分散させる上で非常に重要です。この角度が大きかったり小さかったりすると関節に過剰な負担がかかってしまいます。

体重がうまく両下肢に分散される角度が120度。年齢によって骨が変形してくると、この頚体角が変わり変形性股関節症などのトラブルの原因になってしまうことがあります。痛みの程度があまりにも強い場合はご注意ください。

また、太ももの骨(大腿骨)を上から見ると、骨頭が前方に捻れるような形をしていて、これを前捻角といいます。この前捻角のおかげで足がまっすぐ前を向いてくれるのですが、この前捻角も大きくなったり小さくなったりすると周囲の筋が過剰に緊張してしまうので、痛みなどの症状を引き起こしてしまいます。逆に骨が正しい位置関係にあると周囲の筋や靭帯にできるだけ負担がかからないような構造になっているので、この人間が本来持っている骨の形状は非常に重要と言えます。

筋による安定化機構

股関節は非常にたくさんの筋に包まれるような形状をしています。前面からは【腸腰筋】が股関節を覆うように存在し、これによって強い安定性を作り出しています。 立位時はこの腸腰筋が大腿骨の骨頭を後方に押し込むように作用するため、腸腰筋の機能低下は股関節周辺の様々な症状を引き起こすだけでなく、立位や歩行の不安定さの原因にもなってしまいます。

また、後方には【梨状筋】【大腿方形筋】【内・外閉鎖筋】【上・下双子筋】といった筋ががっしりと股関節を覆っています。この6つの筋は下肢を外にねじる作用を持つため【深層外旋六筋】と呼ばれ、こちらも股関節の安定化には非常に重要な役目を果たしています。

また【大殿筋】【中殿筋】【小殿筋】などのいわゆるお尻の筋も股関節を安定化させるために骨にしっかりくっつく位置関係にあります。筋は伸び縮みするという特徴があるため、股関節がどんな角度になっても、安定するようにお互いに協力する関係にあります。マラソンの後半で”足が上がらなくなる”という現象を予防するためにも、こういった股関節周辺の筋を強化することは非常に重要です。これについては別記事でまとめているので、詳細はそちらをご覧ください(参照:レース終盤の失速を防ぐ鉄則!〜オススメ「股関節トレーニング」

靭帯による安定化機構

股関節の安定には3つの関節包靭帯があります。この3つの靭帯は後方から前方へ回り込むように覆っているため、股関節を伸ばすと緊張し、曲げると緩むという特徴を持っています。

靭帯は筋と異なり、疲労によって張力が弱まったりすることがないため、人間の体を支える上では非常に重要な組織です。ただし、骨盤の歪みなどによってこの靭帯の”スタート地点(起始)”と”ゴール地点(停止)”が本来あるべき位置じゃないところにズレてしまうと、体を正しく支えることが難しくなります。靭帯そのものが硬くなって症状を引き起こしていることもありますが、靭帯の位置関係によって引き起こされる症状もあるため、グロインペイン症候群を判断する際には靭帯を立体的にイメージすることがとても重要です。

 

グロインペイン症候群とは

そもそも、鼠蹊部周辺に起こる痛みは全てグロインペイン(groin pain:GP)と呼ばれ、その中には剥離骨折や肉離れ、疲労骨折なども全てこれに含まれ、明らかな異常が見られるものはその疾患に応じた専門治療を適切に受ける必要があります。

その一方で、症状が長引くものは難治性グロインペイン(難治性GP)とみなされ、画像検査をしても異常が見つからないことが多いとされてきました。こういった難治性グロインペインの場合は、そもそも原因が一つではないことが多く、全身の機能不全に由来する鼠蹊部周辺の痛みをグロインペイン症候群(groin pain syndrome:GPS)と呼んでいます。

最近では、グロインペインに関する様々な研究が進んでいて、MRI画像から異常を見つけることがこれまでよりもはるかに可能になってきています。仁賀先生の報告によると、恥骨周囲の微細損傷、恥骨間円盤の破綻、恥骨結合・骨盤・全身の機能不全が互いに関与しあって症状が慢性化すると考えらえてます。

統計的にはグロインペイン症候群が多発するスポーツはサッカーと言われていますが、潜在的にこの症状を有するランナーはもっと多いと感じています。また、ランニングの場合は我慢すればなんとなく誤魔化しながら走れたりするため、放置されることも少なくありません。我慢すれば走れるけど、全力は出せないもどかしさ・・・。治療が必要なものなのかどうか分からず、ひたすらストレッチを続けているランナーの方、心当たりありませんか?

原因がよく分からないけど股関節が不調、、、という方はグロインペイン症候群を疑ってみてください。

 

グロインペイン症候群の症状

グロインペイン症候群の主な症状は「押すと痛い(圧痛)」「動かすと痛い(運動時痛)」「痛みが広がる(放散痛)」と言われていますがとても個人差の大きいものでもあります。詰まり感を訴える人もいれば、痛みではなく違和感として症状を伝えてくる人もいて、まさに十人十色。

比較的共通しているのは、立った状態で足を上げると痛いとか、しゃがもうとしたら痛いなど、股関を曲げる時に痛みが出ていることです。スポーツの場面はもちろんですが、日常生活動作でも股関節を屈曲することはたくさんあるので場合によっては普段の生活でも気になるかもしれません。

痛みが出る場所は下の図にまとめました。股関節を中心にして、下腹部、恥骨周辺、股関節の付け根、太ももの内側、お尻、肛門周囲などが挙げられます。全体的に広がる痛みといった感じで、ここが痛い!と明確に指を指して訴える場合は、変形性関節症など別の疾患が関わっている可能性もあるため、ご注意ください。

グロインペイン症候群は患部だけでなく、全身の機能不全が症状を生み出していることは間違いなく、治療やリハビリを行う際には全身で診ることが必須と考えられています。痛みを我慢して運動を続けたり、患部のストレッチやマッサージなどだけで解決することはなかなかないので、股関節に何かしらの症状が出た場合は、全身を診ることがとても大切です。

 

グロインペイン症候群の原因

グロインペイン症候群は明確な原因があるものではありません。様々な原因がちょっとずつ関与して、大きな痛みに繋がっているので、原因を断定して、それに合わせた治療することはかなり技術と知識が必要です。グロインペイン症候群に関しては、まだまだ研究段階の部分も多いですが、現時点で考えられている重要なポイントをまとめていきたいと思います。

原因1:関節の可動性が低下している

サッカーでは脚を振り切ってボールを蹴るため、股関節に瞬間的な強い力がかかります。この時、もし関節が硬ければ脚を振り抜く際に無理な(不自然な)力がかかってしまいます。可動性の高さはサッカーにおいて非常に重要なポイント。サッカーでは股関節の屈曲動作を行うことが多いので、股関節周囲のトラブルは発生しやすいです。

ランニングの場合は、走速度に比例してストライドが広がるため、股関節の前後開脚幅が大きくなっていきます。この時、もし股関節が硬いとストライドを伸ばそうとしても(スピードを上げようとしても)うまく伸ばせず、無理やり脚をふり出そうとしてしまいます。単発では身体にダメージを感じるほどの無理ではなくても、繰り返しのランニングによってダメージは徐々に蓄積され、ある時強い痛みとして発現します。これが、ランナーによくあるグロインペイン症候群の発生パターン。

普段低速で走ることが多く、股関節を大きく使うこと自体が少ないと、ランニングを毎日行っていても本来の可動域で目一杯股関節を使えているわけではありません。そういった状態だと、スピードを上げて走らなくても、「アップダウンの激しいコースを走る」「普段と違う練習をしてみる」「不整地を走る」などが引き金になって痛みが出ることもあります。このように、可動性の低下はグロインペイン症候群を引き起こす理由の一つと考えられています。

原因2:安定性が低下している

股関節は身体を動かす支点となる「可動関節」であるとともに、身体を支える「支持関節」でもあります。しかも運動中は移動する身体を支える必要があり、股関節にかかる負荷は非常に大きくなります。それに耐えうるには股関節周囲の筋がきちんと作用している必要があります。

ところが、過度なトレーニングやケア不足によって筋が正しく働かなくなると、股関節周囲の筋は運動の負荷に耐えられなくなってしまいます。その結果身体には不自然なストレスがかかってしまい、グロインペイン症候群につながってしまいます。

股関節に痛みが出るとストレッチなど痛みに対してのアプローチを選択しがちですが、大切なことは正しく身体を使うことです。特にうまく使えていない筋、低下している筋に関してはトレーニングによって強化していくことはとても重要です。

原因3:協調性が低下している

グロインペイン症候群を起こす方の場合は下半身だけでなく、上半身の使い方も非常に重要になってきます。そもそも上半身は下半身の動きを補助するようにうまく動くため、この部分の動きの悪さは下半身の動きにも影響してきます。

ランナーのグロインペイン症候群の場合は大抵腰から上の動きが悪く、腕振りを足さばきに反映させられていません。上半身がうまく連動するように使えていないと身体にかかる負担も大きくなってしまうので、ここはとても大切です。

また筋は主働筋ー拮抗筋という関係にあります。ある筋がギュッと収縮した際に、対となる筋が緩まないと正しい動きはできません。こういった筋が締まる-緩むの関係は普段無意識に行なっているものですが、この関係が崩れていることも、症状の原因になってしまいます。力が抜けることもとても大切ですね!

 

グロインペイン症候群の治療

グロインペイン症候群の治療については、上記3つの原因に対してバランスよくアプローチしていくことが今のところの最有力方針です。「症候群」である以上、なかなか一つの原因に対してのアプローチだけで解決するものではないですし、総合的に診ていく必要があります。

そういった意味では、治療院で行う治療だけでなく、体を動かして筋力や柔軟性を上げていく「トレーニング」も非常に重要視されます。「可動性」「安定性」「協調性」という3つの視点でリハビリ計画を立てていくことが一般的です。痛みがあまりにも強い場合は、一定期間の安静が必要です。痛みをかばって無理に体を動かすことは逆に症状を長期化&複雑化させてしまう可能性があるので十分ご注意ください。

治療を受けたりリハビリを行ったりする上で大切なポイントをいくつかピックアップしていきます。もちろん、治療やリハビリは専門家の指導の下で行うことが原則です。原因やそれに対しての治療・リハビリは自己判断でできないので、必ず医療機関で見てもらうようにしてくださいね。

問診では症状をきちんと伝える

医療機関にかかった際、必ず受けるのが「問診」ですが、グロインペイン症候群の場合はこれが非常に重要です。

この問診の際に痛みが出るに至った経緯をきちんと伝えるようにしてください。場合によっては数ヶ月から数年に遡って症状が出た時点までの経緯を伝える必要も出てきます。それくらい原因を絞ることは難しいということですね。

注意すべき症状は「痛みがないけど機能不全がある」という状態。これはCookが著書の中で”Dysfunction & nonpainful”と表現していましたが、痛みとして感じない分、なかなか症状として訴えないことがあります。関節が「硬い」「詰まる」といった症状は非常に重要な情報なので、些細な異常もきちんと伝えるようにしてください。

 

クロスモーション

グロインペイン症候群を診る際に、「機能評価」にも「機能改善」にもなるのが”クロスモーション”という動きです。ボールを蹴る動作に似た動きですが、上半身と下半身が滑らかに連動しているかをチェックするには非常に有効なものです。以下の動画を参照してください↓

フロントブリッジ

体幹を締めて上下肢を動かす基本的なトレーニングですが、グロインペイン症候群のリハビリとして用いられることがよくあります。両肘と両つま先で体を支える「フロントブリッジ」が基本動作で、そこから①片腕だけをあげる、②片足だけあげる、③片手片足を同時にあげるというふうに段階的に負荷を上げていきます。基本的には③で痛みが出ないところまでトレーニングを行っていく必要があります。

 

まとめ

ランニグ障害の中には原因がはっきりしないものが非常に多いです。慢性化するものはほとんどそうと言ってもいいかもしれません。原因を一つに絞らずに色々な視点で見て見ることはとても大切ですね。

痛みなく走れることは非常幸せなことです。痛みが出るとそのありがたみをみんな噛み締めるのですが、痛みがなければ自分の弱点に気づけなかったかもしれないと考えれば、幸せなことなのかもしれませんねグロインペイン症候群の症状を克服することはランナーとしての成長に必ず繋がります。ただで転んじゃいけませんよ。これを機に一皮向けたランナーを目指しましょう。

October 21, 2019/怪我・故障/