皆さんは、怪我をした時にすぐやるべき応急処置といえば何を思いつきますか?
運動部に所属したことのある方であれば「痛いところは冷やせ」という指導を受けたことがあると思いますし、そうじゃなくても生活の知恵として怪我=冷やすという認識は広く普及していると思います。
しかし、これまでずっと信じられてきたこの冷やすという行為がここ最近見直され始めているのはご存知でしょうか?今回は応急処置の基本であるRICEについて解説していきたいと思います。
Contents
1分でわかるRICE処置
✔️RICE処置はこれまでスポーツの現場などで多用されてきた応急処置であり、Rest(安静)、Icing(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字をとって名付けられた
✔️️怪我をした直後は安静が基本だが、長期間の安静は逆効果になる事もあるため、適切な時期に適切な負荷をかける必要がある
✔️アイシングはこれまで怪我をした直後に推奨されてきた処置だが、最近では怪我の回復を遅らせると言われるようになってきた
✔️圧迫は内出血を抑え腫れを防ぐ目的で行われるが、疲労の除去を目的に行われる事もある
✔️挙上によって血液やリンパ液が心臓に戻ろうとするため、怪我をしてから24時間は継続することが望ましい
RICE処置の今と昔
RICE処置が提唱されたのは1978年。アメリカのMirkin医師によって外傷の基本的な応急処置であるRest(安静)、Icing(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字をとり「RICE」と名付けられました。それ以降スポーツにおける応急処置といえば「RICE」といわれるくらい一般的な方法として認識されてきたのは有名なお話。怪我の悪化を防ぐとともに、怪我の回復に必要な治療期間の短縮も期待されるため、怪我の直後に行われる応急処置の重要性は疑いの余地はありません。
世の中的には盲目的なRICE信仰が今でも根強いのですが、提唱された当時の情報と近年主張されている情報には少しズレがあります。スポーツ科学や医学の分野は日々研究が進んでいるため、当時の常識が今の非常識になることもしばしば。知ってるようで意外と正確に理解されていない「RICE処置」をきちんと理解し、近年出されたRICE処置に関する新しい知見もまとめていきたいと思います。実際にどういった処置が推奨され、それによってどんな変化が期待されているか詳しく見ていきましょう。
【RICEの処置】
RICEの基礎〜安静(Rest)
安静に保つためのコツ
怪我をした際、まず最初にすべきことは患部の安静です。たとえば転んで骨を折った場合、患部を動かすと骨がずれてしてしまう可能性があります。そういった転位を防ぐために安静はもちろん必要で、これは想像しやすいですよね。同様に、脱臼や捻挫なども患部に体重をかけたり、動かしてしまえば症状が悪化しかねません。患部の安静を保ち症状の悪化防止目的に行われる処置がRest(安静)です。
怪我の種類や場所によって、患部の安静を保ちづらいところもありますが、そういったときは添え木や厚紙を当てて患部の安静状態を作りましょう。雑誌で患部を包むようにして安静状態を作ったり、タオルや衣類でぐるぐる巻きにしたり、割り箸を使ったり・・・身の回りにある様々な材料を使うことも一つのコツです。緊急時には応急処置のための備品が揃っているとは限らないので、身の回りにあるものをいろいろ使って安静状態を保持するようにしてみてください。
安静の注意点
ただし、この安静の程度(どれくらい安静を保つか?いつから患部を動かすか?)を判断するのは非常に難しく、スポーツに復帰する適切なタイミングを逃してしまうと、必要以上にリハビリに時間がかかってしまいます。経験豊富な医師やトレーナーであればそのあたりの塩梅を上手に見極めてくれますが、なかなか素人判断では難しいものです。
Restの原則を忠実に守り、必要以上に安静を続けてしまうと周囲の筋力が落ちたり、患部そのものが固まってしまう(拘縮)ことがあります。この状態だとスポーツに復帰したときに怪我する前と同じ動きができず、別の場所を怪我してしまうこともあり、安静にしていたことが逆効果になってしまいます。
Rest=安静というシンプルな処置ですが、実は奥が深いです。近年ではRICEではなくPOLICEが良いという意見も出てきました。POLICEとはProtect(保護)、Optimal Loading(適切な負荷)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字をとったもので、Rest(安静)がOptimal Load(適切な負荷)に置き換わっています。完全な安静状態を保持し続けるのではなく、患部を保護しながら適度な荷重をタイミグよくかけてくださいねーという意思表示がされているのがここからも分かります。
感度の高い医師やトレーナーはこのあたりの情報も踏まえて治療方針を詳しく説明してくれでしょう。安静期間や負荷のかけ方は流石に自己判断をお勧めしません。そこは専門家に頼るようにしてください。
RICEの基礎〜アイシング(Ice)
患部を局所的に冷やすことをアイシングと言います。一般的にアイシングを行う目的は3つ。「血管の収縮」「二次的障害の予防」「痛みの軽減」です。一つずつ解説していきましょう。
アイシングの目的〜血管の収縮
まず「血管の収縮」について。人間の血管は冷やすことによってぎゅっと収縮していきます。寒いところに出ると体が縮こまるのと一緒ですね。血管の収縮によって出血を起こしていた“出口”を狭くすることができるので、結果的に血は止まりやすくなります。切り傷やすり傷など、体の外から見える出血であれば傷口を押さえて止血することができますが、体の中で起こっている出血であればそうはいきません。アイシングは体の生理反応を利用した止血方法として昔から使われてきました。
アイシングの目的〜二次的障害の予防
また、出血が続けば血液や細胞液が組織の中にたまってしまいます。これにより患部周辺の毛細血管は圧迫され、その先にある細胞へ十分な酸素を送れなくなってしまいます。その結果細胞は低酸素状態になって死滅。これが「二次的障害(二次低酸素症)」です。出血をできるだけ早く止める必要性はこういったところにあるということですね。
アイシングの目的〜痛みの軽減
そして、アイシングによって冷やされるのは筋や血管だけではありません。人間の組織には神経が張り巡らされているため、患部を冷やすことは神経を冷やすということにもなります。全身に張り巡らされた神経のうち、痛みを感じる「感覚神経」が麻痺を起こすことによって痛みを感じにくくさせるという効果が期待できます。脳に痛みの信号を送る感覚神経を麻痺させる「痛みの軽減」は骨折や脱臼といった非常に強い胃痛みの時に特に効果的なので、この効果も理解しておくと、非常に役に立ちます。
アイシングを覆したMirkin医師の衝撃発言
アイシングに関する情報が普及して以降、多くの怪我に対してアイシングが利用されてきました。痛みがあればとにかく冷やせ!と言わんばかりに老いも若きも盲目的にアイシングが多用されてきたように感じます。しかし、そんなアイシングもここ最近大きな転換点を迎えました。それはRICE処置を最初に提唱したMirkin医師自身が「何十年にわたって私のRICEという言葉・ガイドラインがコーチの間で使われてきた。しかし、REST+ICEはおそらく治療を助けるのではなく遅らせる、私は間違っていた」と発言したことに端を発します。
旧態依然として続けられてきたアイシング。それによって育てられたアスリートも少なくないので、急な発言の撤回(しかも180度の方向転換)に戸惑った選手、なかなか受け入れがたいと感じている選手も少なくなかったでしょう。ここまでくればアイシングはもはや習慣。目的が合っていようがいまいが、やることによって“良くなるような気がする”と感じる人は少なくないのではないかと感じています。
提唱者の方向転換発言を受けてアメリカは主流が変わりつつあります。冷やさない選手、冷やすことを勧めないトレーナーが増えてきました。このような意見にスムーズに反応するところが日本とアメリカの大きな違いですよね。日本は長いものに巻かれる文化があるため、簡単にこれまでの「主義」「主張」「方針」を変えることができません。まだまだ日本でこの意見が検証されるのは時間がかかるかもしれませんが、こういう意見があることを知っておくのは大事なことです。
ただし、Mirkin医師はアイシングの全てを否定したわけでなく、あくまで「治療を遅らせる」という発言をしただけです。「痛みの軽減(麻酔効果)」はアイシングに期待できる大きな作用なので、アイシングを180度否定する必要はありません。これまで信じられてきたもの(こと)が覆されるということはアイシングに限らず決して珍しいことではないですし、それ自体悪いことと捉えないでください。
「運動中に水を飲んではいけない」という考えが覆った過去はみなさんご存知の通りです。こういう状況はむしろ歓迎すべきなんじゃないかと考えていて、これまでよりもより良い方法が見つかるかもしれません。アイシングの特徴を正確に理解し、状況に応じて使わけることが賢い方法でしょう。
RICEの基礎〜圧迫(Compression)
圧迫の効果
RICE処置の3つ目がCompression(圧迫)です。内出血を起こした患部はそのまま放置しておくと組織の中に血液や組織液が溜まってしまうため、腫れてきます。アイシングによって内出血を抑える方法もこれまで行われてきましたが、患部を圧迫する方法も内出血を抑え腫れを防ぐ大事な方法の一つです。具体的には包帯、テーピング、スポンジ、テーピングパッドなどを組み合わせて患部に適度な圧力をかけていきます。技術の必要な処置なので、自分自身で圧迫をかけるということはなかなか難しいことです。また、不慣れな方がやると圧迫が強すぎたり弱すぎたります。応急処置として行った他とは必ず医療機関で適切な処置を受けるようにしてください。
症状がある程度落ち着けば、上記の材料ではなくサポーターなどを使って圧迫をかける方法も有効です。サポーターであればかかる圧力が一定になるため、足に合わせて購入すれば過剰な圧迫にはなりません(腫れがおさまるとサイズが合わなくなり圧迫が不足してくることはあります)。
これまでのRICE治療はどちらかといえばR「I」CE治療でアイシングが特に重要という論調が強かったです。ところがアイシングに対する懐疑的な意見(提唱者自身が発言を覆すという衝撃)が世の中に少しずつ広まってからはRI「C」Eというよう状況になりつつあります。つまりRICE処置の4つのうち、圧迫が特に重要という風潮になってきました。もちろんやりすぎはNG。血行を阻害してしまいます。不適切な過度の圧迫をしてしまうと、場合によっては非常に痛みを伴った拘縮を起こしてしまうこともあります。圧迫をかけてしばらくの間は気をつけながら状態を確認するようにしてください。
ケアとしての圧迫
応急処置としての圧迫とは少し異なりますが、疲労状態の身体に対しての圧迫に関しても最近注目されています。人間の身体は疲労すると老廃物を体の外に出せなくなってしまいます。重力の影響を受けやすい下半身でその傾向が強く、その証拠に立ち仕事をしている方は夕方になるに従い脚がむくんで重くなってしまいます。かつて自らの足で郵便物を運ぶことを生業としてきた飛脚は、自分自身の脚を脚絆(きゃくはん)と呼ばれる硬い布で覆っていたという記録が残っています。昔から圧迫という処置は経験的に良さそうだなということが分かっていたんでしょね。
RICEの基礎〜挙上(Elevation)
最後にElevation(挙上)について。怪我をした患部を上に上げるという処置がElevation(挙上)です。色々なテキストを見ると心臓よりも高い位置にあげるように記されていますが、その根拠について詳しく書かれているものは少ないと感じています。
挙上を行う意味は大きく二つ。「心臓よりも高い位置に置くことによって血液が心臓に戻りやすくなるため」「血液や組織液は大きな筋の方が吸収されやすいため、手や足(四肢末端)に血液が貯まらないようにするため」です。
人間の血液は心臓との位置関係によって流れやすかったり、流れにくかったりします。心臓よりも下に向かって血液が出される時は重力の影響をプラスに受けますし、逆に心臓に戻るときはマイナスの影響を受けます。つまり、心臓に血液を戻すということは向かい風の中を駆け抜けるようもんですね。Compression(圧迫)によって患部の血液や組織液が押し出されたとしても、血液の流れが悪ければ腫れはなかなか引いてくれません。患部周辺の血流を良くしておくことで腫れは早く引き、回復が促進されます。Elevation(挙上)し続けるのは案外大変で、動きが制限されるか場合によっては身動きが取れなくなってしまいます。しかし、怪我をした直後は24時間ほど徹底したほうがいいですね。
また、筋は拡大してみると、その周辺に毛細血管が広がっています。組織内に溜まった血液や組織液では筋の周辺にある毛細血管に次第に吸収されていくのですが、その毛細血管は大きな筋ほどたくさん張り巡らされているため、小さな筋よりも大きな筋の方が早く色々なものを吸収してくれます。手や足(四肢末端)よりも体の中心に近い筋の方が太くて大きな筋がたくさんあるので、そういった意味でも体の中心、すなわち心臓に向かって血液を戻していくということは非常に重要ですね。
まとめ
RICE処置に限らず、世の中には様々な「スポーツの常識」が存在します。疑わずにやり続けられてきたものもたくさんあり、改めてそれについて疑問を持ってみるということは非常に大事だと思います。スポーツ現場の常識に全て疑問があるわけではなく、盲目的にやりすぎることに注意してほしなと思っています。物事には必ず理由があるので、それを少しでも理解しようとすることは無駄じゃないですから。また、日々進歩するスポーツ科学の分野においては、新しい情報がたくさん出ています。“最新”はあっという間に“最新”じゃなくなるので、情報に敏感になることはとても大切ですね。
応急処置は自分でできるものもたくさんあります。自らの怪我の正体を知れば不要な焦りや不安は消えてくるので、正確に理解しておくようにしましょう。
May 13, 2019/怪我・故障/POLICE処置RICE処置ランニング障害リハビリ応急処置治療