「アーサー・リディアード」という人物をご存知でしょうか?
情報社会になって久しい今のご時世であれば、”マラソントレーニング”と検索しただけで沢山の情報がヒットするので、彼の名前を何らかの形で耳にしたことがあるかもしれませんね。あるいは昔から陸上競技に熱心に取り組まれている方にとっては、馴染みにある人物といえるかなとも思ってます。いかがでしょうか?
アーサー・リディアードは今に至るマラソントレーニングに大きな影響を与えた人物です。彼は1950年代中ごろに「リディアード方式」という理論を確立し、当時では考えられないほどの距離を走るトレーニングを実践しました。当初は様々な批判が彼に浴びせられたものの、1960年のローマオリンピックで彼が指導する二人の選手が金メダル2個、銅メダル1個を獲得。その後、各種目で世界記録を塗り替えるに至り、世の中から一気に注目を集めるようになりました。”勝てば官軍、負ければ賊軍”は昔からということでしょうか。
また、彼はトップアスリートだけでなく市民ランナーも指導し、近所に住む肥満気味の中年ビジネスマン達をマラソン完走に導きました。1961年には世界で初めてジョギングクラブを設立し、一般人の健康のためのプログラムづくりも確立。オリンピックで金メダルを取らせるような指導者でありながらも、市民ランナーにもできるトレーニング方法を作ったということで「ジョギングの父」と呼ばれています。
マラソンのトレーニングに関する情報が乱立する昨今の状況を省みて、改めてこのリディアードの考えに触れることへの意味を僕は感じています。そんなアーサー・リディアードに少し注目してみたいと思います。
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リディアード理論という「古典」は古くさいか?
アーサーリディアードが提唱した「リディアード方式」は1961年に出版された「 RUN TO THE TOP」で世の中に大きな影響を与えました。今から約60年前の書籍。「古典」というのは少々抵抗があるかもしれませんが、出版されてから今に到るまで、それなりの時間がたっているので、ここでは敬意を表するという意味合いも込めてあえて「古典」という言葉を使わせてもらおうと思います。
「アーサー・リディアード」の名前を出した時、マラソンや陸上競技の指導に関わる方々は、もしかしたらこう言うかもしれません。
「そんな理論当たり前だよ」
「古い考え方だから、現代に合ったやり方にアレンジしてしなきゃいけないよ」
どちらもごもっともです。”あえて”もしくは”いまさら”リディアードに言及する必要はないのかもしれません。ただ逆にいうと、「当たり前」と言い切るくらい浸透している考え方で、様々なトレーニング理論の根底に存在しているとも言えます。時代背景が今と昔では当然異なるので、リディアード方式を鵜呑みにせずに「アレンジ」していくことも必要でしょう。
だからこそ”温故知新”で原点に帰ってみることに意義があるのではないかなと思います。「RUN TO THE TOP」が出版された当時は今のように情報にあふれた時代でもなく、こういった書籍を出版するハードルも今以上に高かったはずです。そんな中で活字にして世の中に送り出された本は、現代社会における情報よりもはるかに時間をかけて作られたものであり、とても価値の高いものと言っても良いのではないでしょうか。
「古典」であっても改めて目を通すと様々な発見があります。リディアードを通して「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」ができたらいいなと思います。
リディアード理論を正確に理解すること
1960年ローマ、1964年の東京と二つのオリンピックで圧倒的な存在感を示したリディアード理論。「RUN TO THE TOP」の出版もあり、リディーアードの名前は当時の指導者や選手、ランニング愛好家に一気に広まりました。その反面、危惧されるのは情報が薄まることです。
人伝えの情報は100%正確に伝わるわけではありません。言い方だったり、伝え方が変われば解釈のされ方がどうしても変わってしまい、それによって情報は少しずつズレていきます。
リディアードを聞いた!学んだ!!知っている!!!という人であっても正確にそれを理解しているとは限りません。”リディアードの理論を元に作ったオリジナル理論”と言いながらも、その理論が原典を正確に理解した上でアレンジしているケースとそうで無いケースでは質の差が出るのは明らかなので、やはり原典は正確に知るべきですね。
リディアード理論ってそもそもなんだ
ここまで熱く古典の大事さを語ってきた以上、この場で僕がリディアードの理論を要約してしまうのはこの記事の趣旨に反しますよね(笑)。ということで、まずは原典に触れるために、いくつか引用を紹介したいと思います。
リディアードのランニングバイブル
日本における原典(リディアードのランニング・バイブル)をといえばやはりこれ。小松美冬さんが1993年に原典を翻訳し、日本にリディアードの考えを広めました。それ以前は英語で書かれた原典を読んで学んだ指導者が多かったので、日本語に訳された書籍が出た時は衝撃的だったでしょうね。僕はこの書籍を手にしたのは社会人になってからでした。大学生の頃は原文(英語)をコピーしたものを持っていたのですが、英語を読むのがなかなか大変で、熟読できた自信はありません。なぜ当時から日本語訳したものを手に取らなかったのでしょうか(苦笑)。大きな後悔です。
表紙をみても本文中の写真をみても古さが伝わってきます。それゆえに軽んじてしまいがちな本ですが、中には金言が詰まっています。ぜひ一読をオススメします。
リディアード・トレーニング&アカデミー
また、日本人の中でリディアードの理論を一番正確に理解しているのはおそらく橋爪伸也さん(通称Nobby)でしょう。実際にリディアードを師事し、リディアードの側でその理論を学んだ方です。現在はアメリカのミネソタ州に住み、2009年以降リディアードサティフィケート(承認書)プログラムをアメリカ、イギリス、ニュージーランドで紹介しています。先日、日本に来て承認クリニックを開いてくれたのですが、非常に興味深い内容でした。橋爪さん自身が書いたベースボールマガジン社のオンライン記事はこちら(System of Arthur Lydiard)から読むことができます。合わせてご覧になってみてください。
リディアード理論の応用
「応用」というと少し大げさに聞こえますが、上述したように現代風にアレンジすることは決して悪いことでは無いと思っています。むしろ時代に合わせてアレンジすべきですし、新しい情報も出てきているのでそれも踏まえた上でのトレーニング方法はとても大事ですね。
リディアードの考え方を元にしてトレーニングを組み立てている指導者はたくさんいます。そういった方が原典をそっくりそのまま使っているかというと、もちろんそんなことはありません。ご自身の競技経験と指導経験の中で様々なアレンジを加えて実践で使っています。青学の原監督然り、カネボウの高岡監督然りですね。
僕自身、ランニングコーチとして12年活動してきた中で、リディアードの考え方は根本にあって、きちんと理解してきたつもりでした。ただ、今回日本で開催されたリディアード・コーチング承認クリニックに初めて参加して、改めてたくさんのことに気づき、理解を深めることの大切さを痛感しました。学びの時間は大切です。僕が考える「リディアード理論の応用」は次回お伝えしたいと思います!
まとめ
「情報社会」と呼ばれるようになって久しく、それと同時に情報の質を担保することがだんだん難しくなってきました。安易な情報も泊付されて世の中に出せますし、情報を見極める能力は読者自身にも求められています。こういった世の中の状況が良いか悪いかを議論することはこの記事の本編ではないので、この場では避けますね。情報を出す側の人間のモラルが問われる時代だなと強く感じています。
RUNNIG CLINICも1つの情報メディアです。いろんな記事を発信しようと思えばできてしまいますが、もちろん安易な情報発信はしません。責任も重大ですね。
末長く親しんでもらえるように、頑張りますね!
June 13, 2019/トレーニング/コラムトレーニングマラソンリディアード