マラソントレーニングの基礎は走り込みにあり!
「有酸素能力向上」の理論と実践

Train, But Don’t Strain(鍛えよ、ただし無理するな)

リディアードが残した言葉の1つです。この言葉にはほど良く脱力感があって、なんてことはない他愛ない一言にも解釈できますが、とても深い言葉にも聞こえます。

彼の理論の根底にある考えは有酸素能力の開発。つまり、「しっかり走り込んで基礎を固める」ということでした。マラソンを走るなら当たり前でしょ!と思うかもしれませんが、リディアードの時代は走りこむことが今ほど一般的ではなく、トレーニングで30kmも走るなんてありえない!と思われていました。しかも、ただ走り込むのではなく、余裕を持って走る(=無理しない)というのが彼の理論の基本的スタンスであり、ここが大きなポイントです。

リディアードの話をする上でこの「有酸素能力の開発」の事を抜きに語ることはできません。しかし、前回の記事でもお話ししたように、時の経過とともに原点ともいうべき考え方が少しずつズレながら解釈されていることは珍しくなく、改めて原点に立ち返って「有酸素能力の開発」についてのオリジナルメソッドをみてみることも大事だなと感じています。今回はリディアードに紐づいた記事の第2弾として、「有酸素能力の開発」という点に着目して話を進めていきたいと思います。

 

走り込み(有酸素能力の開発)以前の歴史

インターバルトレーニングの台頭

リディアードがこの理論を世の中に広める少し前は「インターバル走」が大きな話題になっていました。元々はドイツの心臓学者ゲルシュラーと陸上競技コーチのラインデルが1930年代に提唱したトレーニング方法だったのですが、エミール・ザトペックがこのトレーニングを採用して1952年のヘルシンキオリンピックで長距離種目3冠(5000m、10000m、マラソン)という偉業を達成し大きな話題になりました。オリンピックの歴史上、この長距離3種目で優勝を果たしたアスリートは彼しかいません。おそらく今後もこの3冠を達成するアスリートは出てこないでしょう。当時の様子は動画(Olympic channelで確認できます。映像の権利の関係でこのページに埋め込めなかったのが残念・・・

そもそも、インターバル走とは全力に近い「疾走」と、つなぎと呼ばれる「緩走」を繰り返すトレーニング方法です。詳しい説明は割愛しますが、最大酸素摂取量の向上につながるトレーニングとして今でも多用される練習の一方法です。インターバル走で結果を出してきた選手はたくさんいましたが、ザトペックがやっていたとされるインターバルは驚くほど過酷で、400mを100本もこなしていたそうです(しかも2週間続けて)。流石にこれはキツい!!誰でもこんな負荷の高い練習ができるはずもなく、トップアスリートがとにかく身体を追い込んで追い込んでトレーニングしていました。楽しいマラソンとは程遠いですね・・・

そんな当時の状況にあって、「ゆっくり走りなさい」「しっかり走り込みなさい」と地味なトレーニングを提唱したリディアードはかなり斬新だったことでしょう。しかも、彼が指導したのはトップアスリートに限らず、市民ランナーにも及んでいたというところにさらなる特徴があります。”一般人でもできるトレーニング”という観点でトレーニングを考えて実践した指導者なんていなかったでしょうね。その本質は、彼が残した「Train, But Don’t Strain(鍛えよ、ただし無理するな)」という言葉に詰まっています。

インターバルトレーニングと走り込みの違い

出来るだけ分かりやすいように要点だけ区別して説明すると、苦しみながら耐えて走力を伸ばそうとしていたのがインターバルです。きつい練習=トレーニングであり、それによって力がつくと考えられていました。理屈はとても分かりやすいですし、今でも行われる代表的なトレーニングです。僕はこれを「上積み」と表現してます。

それに対してリディアードが提唱したトレーニング方法は無理をしない練習です。余裕のある負荷で無理なくこなせる走り込む練習を少しずつステップアップさせていくものでした。負荷が強すぎないので、常に余裕があるためしっかり続けられる点がミソ。いうなれば「底上げ」のようなトレーニング方法でした。

この2つの違いはしっかり頭の中で整理しておくことが大切ですね。練習の属性が違うので期待される効果も変わります。ここをごちゃ混ぜにしちゃうと目的に沿った練習ではなくなっちゃいます。

 

走り込み(有酸素能力の開発)とは

LSDによる土台づくり

では、もう少し「走り込み」について深く見ていきたいと思います。

「走り込み」と言われてすぐに思いつくのはLSDでしょう。マラソンに馴染みのある方であれば、誰もが一度は耳にしたことのある練習方法だろうなと思いますし、これからマラソンをやろうと考えている人であれば今後どこかでLSDという練習の必要性や重要性は必ず聞くと思います。

LSDとは「Long Slow Distance」のそれぞれの頭文字をとった言葉で、簡単にいうとゆっくり長く走るトレーニングの事です。ただ、「ゆっくり」とか「長く」と言われてもわかりづらいですよね。結論をいうとこれらは主観的でいいのですが、

ゆっくり・・・呼吸が乱れないくらい、苦しく感じないくらい(心拍数120/分以下が目安)
長く・・・長いと感じるくらい(初心者であれば2030分、熟練者なら23時間)

が目安です。なんとも曖昧(笑)

ただ、あえて”ゆっくり”走るというのは案外大変なことで、気がついたらペースが上がってしまって「ゆっくりじゃない」ってことはよく起こっています。平均台をイメージしてもらうと分かりやすいのですが、上手に渡れない人は誤魔化すように駆け抜けて渡ろうとしてしまいます。仮に渡れたとしても、バランスを取りながら細い平均台を渡るという目的には合致せしません。ゆっくり走れない人、自然とペースが上がってしまう人は上手にLSDができていないんですよね。ここもなかなか奥が深いです。

この低速の走り込みによって心臓は徐々に大きくなってきます。これは心臓全体が大きくなるという意味ではなく、心臓の壁が厚くなるという意味であり、それによって心臓がぎゅっと収縮する一度の拍出でより多くの血液が送り出されるようになります。また、毛細血管の中にも血液がたくさん流れるので毛細血管が太く強くなっていきます。道無き道も繰り返し歩いていれば踏み固められてやがて道になります。イメージはそんな感じ。日常生活での負荷では使わなかった(必要なかった)毛細血管にしっかり血液を送ることが走り込みの大きな目的です。

トレーニングのピラミッド

このような走り込みによって基礎ができます。基礎(土台)の部分がしっかりしていないとその上に続く様々な体力要素は積み上がりません。これを説明する際、リディアードは「トレーニングのピラミッド」を使って説明していました。これは非常に分かりやすいので、今でも多用される図です。もし基礎が不十分だったらどうなるでしょう?当然ながら高く積み上がりません。

またその逆で土台づくりばかりしていても、高いピラミッドにはなりません。リディアードがいう「トレーニングのピラミッド」の正しい理解は「基礎を大事にしましょう」ではなく、「基礎を作った上で順序だったトレーニングをしましょう」です。順序だった能力開発はとても大事で、何かに偏るとマラソンの能力は正しく伸びてくれません。いろんな方とお話をしていても、ここをよく誤解される方がとても多いなと感じています。

走り込み(有酸素能力の開発)=LSDか?

では、リディアードがいう走り込みとは、このLSDのことなんでしょうか?

確かにリディアードは有酸素能力の開発を重視していますし、基礎づくりの重要性は口を酸っぱくして説明していました。しかし、それはLSDをひたすら続けるという意味ではありません。その証拠に「リディアードのランニングバイブル」にはこんな一節があります

「私のすすめる有酸素トレーニニングはLSDではない。確かにLSDを行っていれば、何時間も走り続ける力はつくだろう。しかし、LSDのような強度の低いランニングは、(中略)競技者の場合、それだけでは十分な負荷を循環器にかけることができない」
「LSDよりももっと速いスピードで行う有酸素ランニングをするときにこそ、このアドバイスが必要になってくるのだ」

ここからもわかるように、リディアードはLSDの重要性は語りながらも、それだけでは不十分というように考えていたことがよく分かります。余裕を持って無理せず取り組むのはLSDではなく、その上の段階の有酸素トレーニングです。それに”上乗せさせる走り込み”をこなすコツがTrain, But Don’t Strain(鍛えよ、ただし無理するな)ということですね。

 

走り込み(有酸素能力の開発)をアレンジする

さて、アレンジ編です。ここまでかなり忠実にリディアード先生の理論を確認してきました。残念ながら100%完全コピーとまではいかないのは人の限界です。僕の多少の解釈がすでに入っているかもしれないですし、”ピュアリディアード理論”になってない可能性もあります。そのあたりはお許しください~

運動生理学者でもあったリディアードは若い頃、毎日24km走っていたようです。情報が少ない時代にあって、自分の身体の反応というものはとてつもなく重要なデータだったことでしょう。今はそこまでトレーニングをして自らの身体で検証していくことが必要な時代ではありません。仕事もデスクワークの人が格段に増えましたし、日本では部活動が盛んに行われていて、若い頃に運動経験が豊かな人も多いでしょう。ストレス発散のために・・・あるいは、ダイエットのためにと走り始める人もいます。簡単に搔い摘んで書きましたが、ここまで見ただけでも周辺環境が当時と全然違うことはよく分かりますよね。

今の日本の状況に則した「有酸素能力の開発」について、恐れ多くもアレンジさせていただこうと思います。

ダイエットのために走り始めたAさん

・30代女性
・若い頃に比べて体重が増えてきて、そろそろ何か運動しなければと思ってランニングをスタート
・これまで運動経験はほとんどなく、何から始めたら良いかわからない
・目的はダイエットなので、別に何か大会に出たいと言った希望はない

モデルケースですが似たような方からの相談はこれまでに何度も受けてきました。”ダイエット”という言葉はかなりキーワードで、単純に体重が落ちることだけを目指すだけではなかなか目標が達成されず、ダイエットの先に何がしたいか?どうなりたいか?(健康になりたい、美しくなりたい…など)といった願望をより明確にすることが、ランニングを継続&楽しむコツです。ちなみに、男性は「仕事」によって人生が変わりますが、女性は「ダイエット」によって自己概念が変わると言われています。価値観が変わり、性格が変わり、人生もきっと変わっただろうなという人をたくさん見てきたので、正しくランニングを行うことの恩恵は想像以上にあるもんです。それを指導する立場の人間はとても責任重大ですよ。

さて、運動経験のない方にランニングを指導する場合はもちろん土台作りが必須です。ただし、有酸素能力の開発の前に基礎体力がどれくらいあるのか?のチェックは欠かせません。そこから始めて、「有酸素能力の開発」にうまく移行できるように準備を進めていくようにしてください。LSDは主観的なモノサシで「ペース」「長さ」を決めてOKです。走ること自体を気持ち良いと感じる人もいれば、走った後の爽快感が好きという人もいるので、それによってモチベーションの作り方は変わってきます。走りたい、続けられるかもという気持ちを作ることも初期段階では非常に重要なので、ぜひそのあたりも注意深く観察しながら「有酸素能力の開発」を進めていきましょう!

スポーツ経験豊富なBさん

・50代男性
・若い頃は体育系の部活動でバリバリ活躍していた
・社会人になってからは忙しくて運動しない生活になっていた
・最近あった健康診断の結果が気になり始めてまた運動しようと決意
・とりあえず手軽なので、ランニングからスタート

昔とった杵柄(きねづか)があるタイプの方です。こういう表現を使うと、「若い頃に身につけた腕前を誇示する」という否定的な解釈をされることもありますが、かつて運動経験をしていた方はそれをプラスに転じる取り組み方が断然オススメです。もちろん能力の低下(昔と違う感覚)はありますが、動機や願望の作り方や継続のコツは非体育会系の方とは全然異なります。土台作りの必要性&重要性をきちんと理解した上で、”追い込むことこそトレーニング”という発想から”鍛えよ、ただし無理するな”へ発想を広げて、その真髄を染み込ませるのが良いですね。

最終的にはもちろん個別で課題は違うので、一般化しきれない部分はありますが、根底にある原理原則から外れることは得策ではありません。もう少し言葉を強く言えば「正しくない」ですね。具体的すぎる話もできないので、ここではこの程度に留めておきたいと思いますが、ぜひご自身のトレーニングの参考にしてください。このRUNNING CLINIC内では個別対応できませんが、ご質問いただければ記事の参考にさせていただこうと思います。

今回は「有酸素能力の開発」という点に着目したアレンジ例をお伝えしましたが、混乱を防ぐためにその上に積み上がるピラミッドの上層部分は割愛しました。今後ご紹介していこうと思います。

(追記 2019.9.9) リディアードのヒルトレーニング

 

まとめ

中学生に時に指導してくれた僕の指導者が好んで使っていた言葉があります。

無理はするな
楽はするな
ちょっとだけ頑張れ

大人になってからも事あるごとに手紙をくれて、その中でなんども繰り返しこのフレーズが書いてありました。僕の性格を知っての言葉なんでしょうね。「無理はしないけど、楽もしない」という言葉にはリディアードの「Train, But Don’t Strain(鍛えよ、ただし無理するな)」がよく重なります。

マラソンにおける大事な持久力は長く走り続けられる能力であることはここまで繰り返し書いてきましたが、その能力の中には「メンタルの強さ」も含まれるのは間違い無いと思ってます。心が疲労困憊になってはどんなに肉体的な余力が残っていたとしても頑張ることはできません。人間ですからね。最後にアレンジ例として僕の考えも書かせてもらいましたが、メンタル面を無視してトレーニングをすることは不可能です。言うなれば「心のスタミナ作り」ですね〜。

「無理しない」

この言葉を聞くたびに、心の余裕の大切さを痛感します。まぁ、マラソンに限ったことじゃないか・・・

June 19, 2019/トレーニング/