ランニング中、スピードを上げていくにつれて、呼吸がきつい、酸素が足りない。そのようなことを感じたことはありませんか?しかし、一流ランナーは、スピードを上げても呼吸一つ上がらず、淡々と楽に走ることができます。
その理由の一つとして、一般ランナーよりも、多くの酸素を体内に取り込むことができる能力が高いことが上げられます。この体内に多くの酸素を取り組む能力のことを最大酸素摂取量(さいだいさんそせっしゅりょう)と言います。VO2max(ブイオーツーマックス)という英語の方が一般的に知られているかもしれません。
今回解説する最大酸素摂取量は、ランニングのパフォーマンスを決定する生理学的指標として、最も多く使われています。ただ、その詳しい理論やどうやってその指標を活かせばいいか知ってますか? 最大酸素摂取量をもっと詳しく知りたいランナーのために、最大酸素摂取量とは何か。どのようにして最大酸素摂取量を調べることができるのか。そして、最大酸素摂取量を向上させるためにはどんなトレーニングが効果的かについて、解説していきたいと思います。
Contents
1分でわかる最大酸素摂取量(VO2max)
✔️最大酸素摂取量(VO2max)はランニング(有酸素運動)のパフォーマンスを決定する生理学的指標でマラソンの記録と一定の相関関係がある
✔️最大酸素摂取量(VO2max)は1分間あたり体内に取り入れることのできる酸素摂取量の最大値のことである
✔️一般人の最大酸素摂取量(VO2max)の平均は、40~45ml/kg/min(女性は、35ml/kg/min程度)
✔️一流ランナーの最大酸素摂取量(VO2max)は、70ml/kg/minを越え、中には90ml/kg/分を越えるランナーもいる
✔️最大酸素摂取量(VO2max)は、トレーニングによって高めることができ、特にインターバルトレーニングは有効である
✔️効果的なトレーニングを行う上で最大酸素摂取量(VO2max)といった科学的アプローチと自分自身の感覚を信じてトレーニングを計画する両方のアプローチが重要である。
最大酸素摂取量(VO2max)とは
最大酸素摂取量(VO2max)とは、ランニング(有酸素運動)のパフォーマンスを決定する生理学的指標の一つです。1分間あたり体内に取り入れることのできる酸素摂取量の最大値のことです。簡単にいうと、心臓の能力(心肺機能)ですね。体が大きければ生きていく上で必要な酸素量は増えるため、体重に比例してこの酸素摂取量は増えていきます。したがって一般的には体重1kgあたりどれくらいの酸素を1分間で取り込めるか?という指標が使われます。単位にすると「ml/kg/min」。うーん、こういう単位を見るとうんざりしちゃうかもしれませんね。(出来るだけわかりやすく解説します笑)
最大酸素摂取量は、人によって異なるため、同じスピードで走っていても、最大酸素摂取量が少ない人は、最大酸素摂取量が多い人よりも心拍数が上がり、きついです。最大酸素摂取量が少ない人は、同じランニングスピードであっても、必要な酸素の量を確保するために心臓が必死になって働かなければならないからです。
つまり、最大酸素摂取量が高い人は、ランニングのパフォーマンスも高いということになり、最大酸素摂取量を調べることによって、自分のランニング能力を知ることができます。また、トレーニング効果を調べるときにも、最大酸素摂取量が増えたかどうかによって、トーニング効果を調べることができるため、ランニングに関する研究の指標として使われてきました。
最大酸素摂取量(VO2max)の評価〜自分の値は高い?低い?
さて、最大酸素摂取量が、ランニングのパフォーマンスに影響することは、ご理解いただけたかと思います。しかし、最大酸素摂取量がどのぐらいあれば高いのでしょうか?あるいは低いのでしょうか?
最大酸素摂取量の一般人の平均は、
男性:40~45ml/kg/min
女性:35~40ml/kg/min
と言われています。この平均値が一般人としての目安になります。
また、競技レベルのランナーは、
70ml/kg/minを越え、中には90ml/kg/minを越えるランナーも存在します。
私も学生時代、多くの箱根駅伝ランナーを測定してきました。
多くの選手が70~80ml/kg/minの最大酸素摂取量を有していましたし、逆に、私が測定した選手の中で、70ml/kg/分を下回る箱根駅伝ランナーはおらず、箱根駅伝に出場するには、最低70ml/kg/min以上の最大酸素摂取量が必要と言えるかもしれません(その他の要因も影響し、大切ですよ)。
また、最近まで公務員ランナーとして有名で、2019年4月からプロランナーとして活躍している川内優輝選手の最大酸素摂取量は、82ml/kg/minと非常に高い数値となっています(2014年7月号のランナーズより)。瀬古利彦さんも、現役時代80ml/kg/分以上の最大酸素摂取量を有していたということや、名前は言えませんが、私が測定した日本トップレベルで活躍するランナーの最大酸素摂取量は80ml/kg/minを越えていたことから、もしかすると、日本を代表するようなマラソン選手になるためには、70ml/kg/min以上ではなく、80ml/kg/min以上が必須条件になっているかもしれません。
最大酸素摂取量(VO2max)とフルマラソン記録
最大酸素摂取量が高い方がランニングのパフォーマンスが高い。けれど、どのぐらいの最大酸素摂取量があれば、どのぐらい記録を出せるの?が皆さんが1番興味あることかもしれません。
最大酸素摂取量とランニングのパフォーマンスについて、これまで多く研究されています。
その一つに、1985年と少し古い研究ではありますが、「Applied Physiology of Marathon Running」で、最大酸素摂取量とフルマラソンの記録について、研究されているので、紹介したいと思います。
「Applied Physiology of Marathon Running」では、
フルマラソンの記録が、
- 2時間30分以内のエリートランナー12名(12名の平均タイム2時間21分)、
- 2時間30分~3時間00分のグットランナー16名(16名の平均タイム2時間37分)、
- 3時間以上のスローランナー7名(7名の平均タイム3時間 24分)
を対象に、最大酸素摂取量を含む、生理学的指標とフルマラソンの記録の関係性について研究しています。フルマラソンの平均タイム3時間24分をスローランナーとしていますが、速いじゃないか!というコメントはご容赦ください。笑
実験の結果、各カテゴリーの最大酸素摂取量の平均は、下記のようになりました。
- エリートランナー12名:71.8±1.2 ml/kg/min(62.9-77.9 ml/kg/min)
- グットランナー16名:63.7±2.0ml/kg/min(35-78ml/kg/min)
- スローランナー7名:56±4.4ml/kg/min(36-66ml/kg/min)
この実験結果から、エリートランナーから、スローランナーまで35名の最大酸素摂取量とフルマラソン記録に正の相関関係が見られました。これは、簡単にいうと最大酸素摂取量が高ければ高いほど、フルマラソンの記録が良い。ということを示しています。
また、実験結果のグラフから読み取った予測ではありますが、
・フルマラソン2時間30分を切るには70ml/kg/min以上の最大酸素摂取量
・サブスリー(3時間切り)をするには、60ml/kg/min以上の最大酸素摂取量
・サブフォー(4時間切り)をするには、50~55ml/kg/minの最大酸素摂取量
が目安になっているようです。
こちらは、サンプル数が少ないことや、あくまでもグラフからの予測なので、正確性が少し弱く、あくまでも個人差がありますので、一つの参考としてみていただければと思います。
また、この研究で興味深いのは、2時間30分を切るエリートランナーのみを対象としたときには、最大酸素摂取量と、フルマラソン記録に相関関係がないということです。2時間30分を切るようなエリートランナーは、「70ml/kg/min以上の最大酸素摂取量が必須だが、最大酸素以外の要因も重要である」と言われています。この要因としてはランニングの経済性や、乳酸閾値など様々ですが、こちらはまた別の機会にご紹介できればと思います。2時間30分を切るランナーのみなさんは、最大酸素摂取量のみで、ランニングのパフォーマンスを評価することは、難しそうですね。
最大酸素摂取量(VO2max)の測定方法
さて、ここまでで、最大酸素摂取量とフルマラソン記録との関係性を知ることができたと思います。では、どのようにして最大酸素摂取量を測定すれば良いのでしょうか?次は、最大酸素摂取量の測定方法について、説明していきたいと思います。
最大酸素摂取量の測定方法は、
・直接法:ランニング時に、呼気を直接採取し、最大酸素摂取量を測定
・間接法:12分間走や、20mシャトルラン、ランニング速度と心拍数による推定など
の2つがあります。
最大酸素摂取量(VO2max)の測定~直接法
まず、直接法による最大酸素摂取量の測定手順から説明します。
直接法は、呼気を収集するマスクを着用し、トレッドミル(ルームランナー)上を走ります。はじめは、ウォーミングアップのようなゆっくりとした速度からスタートし、徐々に速度を上げていき、これ以上、ランニングを継続できない限界速度に達するまで走ります。その時の採取した呼気の最も高い酸素摂取量を最大酸素摂取量として評価します。
このように、徐々にスピードを上げ、最後は限界(オールアウト)まで追い込むテストを漸増負荷テストと呼びます。細かい測定方法はJISS(国立スポーツ科学センター)が採用している方法について詳しい説明がこちらに書いてあります。上の図はそちらから参照させてもらいました。
私も学生時代、何度も漸増負荷テストを経験しましたが(10回以上)、非常にきついため、測定前はブルーな気持ちになりました。しかし、終わった後は、自分の最大酸素摂取量を知ることができ、現状とトレーニング効果の確認ができるので、やってよかったー!という気持ちになったのを懐かしく思います(約7年前)。
この測定方法は、呼気ガス分析器という特殊な機器がないと測定できません。
有料ではありますが、都内で測定できる施設を下記にリストアップしましたので、興味ある方は、最大酸素摂取量を測定してみてください。
・東京体育館(現在、休館中)
・アシックスランニングラボ(東京店、原宿店、大阪店)
・スポーツサイエンスラボ(東京、表参道)
最大酸素摂取量(VO2max)の測定~間接法
それに対して間接法は走行距離や心拍数を用いた推定方法です。特別な機械は不要で、正確な距離がわかる場所とストップウォッチさえあれば計算することができます。文部科学省が出している「新体力テスト」の 12分間走でも最大酸素摂取量を推定することができるのでその方法を紹介しましょう。
- 12分間走を実測
- 走った距離を測定
- 公式(0.021×走行距離×−6.61)に代入
例えば12分間での走行距離が3200mだとするとその時の最大酸素摂取量は、
0.021×3200m×-6.61=60.59となり、最大酸素摂取量は、60.59ml/kg/minと推定されます。非常に簡単ですね(笑)。ここまで読んでこられたら方はこの数字の信憑性が決して高くないことがわかるでしょう。最大酸素摂取量と走力の間に強い正比例関係が見られたらと仮定した場合の公式です。競技レベルが上がれば上がるほどこの公式は崩れていくと考えられますし、様々な学者が様々な見解を出しているので、ここで紹介した計算式以外にも様々な計算式があります。あくまで目安なので、これだけに頼らないほうがいいでしょうね。
また心拍数から最大酸素摂取量を推定しようという研究もこれまで行われてきました。様々な研究者が心拍数を入力して最大酸素摂取量を導き出す推定式を提言しています。細かい数字は実験条件や方法によって変わるので、参考程度と認識するのが良いでしょう。
最大酸素摂取量(VO2max)の測定~心拍計測機能つきランニングウォッチ
現在は腕時計と一体型になっている心拍数計測のできる高機能GPS時計などが販売されており、走る速度と心拍数をリアルタイムに計測することができます。 お持ちの方も多いでしょう。
どのような計算式で最大酸素摂取量(VO2max)を計算しているかのアルゴリズムは公開されておりませんが、アメリカのトレーニング研究機関が年齢、性別、体重、最大心拍数などユーザープロフィールを要しており、統計データと実際のランニング時のペースや心拍の変動などをモニタリングして算出されているようです。最大酸素摂取量は本来、全力を出し尽くすまで走って測定するものなので、高負荷のトレーニングデータがたくさん蓄積されればされるほど精度が上がるとメーカーの方には聞きました。
主観的ですが、少し高めに出る感じはありますが、かなり当たっており、自身のトレーニング効果の評価としては使えるものですね。簡易的という点は非常に大きなメリットなので、普段の練習の目安として活用する価値は十分にありそうです。
最大酸素摂取量(VO2max)を高めるトレーニング
最大酸素摂取量とマラソンの記録には一定の相関関係があるということは、先ほど紹介した研究結果でもわかったと思います。100%正の相関関係ではないにせよ、マラソンの記録向上のために、最大酸素摂取量の向上は鍵になりそうだなということは伝わったかと思います。
最大酸素摂取量は、トレーニングを行うことで、5~25%の増加が期待できると言われています。すでにトップレベルに達しているランナーだと最大酸素摂取量の増加率はきわめて低いですが、非鍛錬者が厳しいトレーニングを行うことで、40%以上の増大がえられた研究もあります(例えば、35から50ml/kg/minに増加)。
では、どのようなトレーニングで最大酸素摂取量を向上させることができるのでしょうか?最大酸素摂取量増大のための代表的なトレーニング方法としては、「インターバルトレーニング」があげられます。
インターバル走による最大酸素摂取量(VO2max)の向上
最大酸素摂取量を高めるためにはほぼ全力に近い負荷をかける必要があるのですが、それを長時間続けることは非常に難しいです。また、そういう負荷をかけると怪我のリスクも高まってしまいます。
そこで有効なトレーニングがインターバル走。これはダッシュ(急走期)と、ジョグまたはウォーキング(休息期)を交互に繰り返し行うトレーニングです。急走期には心拍数が増大し(180拍/分前後を目安)、休息期には心拍数は低下(120~130拍/分程度)。これを繰り返すことで分割して全力走に近い負荷をかけることができるので、非常に効果的です。
また、もう一つ重要なポイントがあります。それは、休息期にも呼吸循環器系はフル活動している点です。心拍や呼吸を回復している休息期は、心臓が非常に頑張って血液を体に回そうとしています。この間に心臓は1度でたくさんの血液を拍出するので、1呼吸あたりの酸素摂取量は最大になります。ちょっとややこしい書き方をしてしまいましたが、噛み砕いていうと、休息期にも非常に大切なトレーニング効果があります。
ちなみに、休息期の重要性を強調してインターバルトレーニング中の休息期を「黄金の休息」と呼んだりしています。つなぎという意識でダラダラと走ってしまうのはもったいないですよ。
インターバル走の実例
具体的なインターバル走の目安としては「急走期」をどれくらい作るかという点に着目してみてください。急走期の目安は5000~10000m。急走期が長ければそれだけ強い刺激を入れることができますが、逆にきつくて負荷を維持できない可能性もあります。精神的にもきつくて憂鬱ということにもなりかねないので、心と体のバランスを考えながら距離とペースを設定するといいですね。
例:
・1000m×5(200mつなぎ) 急走期:5000m /休息期:800m/計: 5800m
・400m×10(200mつなぎ) 急走期:4000m/休息期:1800m/計:5800m
上記二つは陸上部出身の長距離選手であれば見たことがるであろう典型的なインターバルトレーニングです。両者ともトータルの走行距離は一緒。ただし、その中身が違います。1000mのインターバル走であれば急走期は長くなりますが、ある程度の走力がないと、1000mの中で失速してしまい、思ったような効果が出ないことがあります。逆に400mのインターバルの場合は1回あたりの急走期は短くなりますが、その分スピードの維持はしやすいです。休息期が長くなるので、そこ区間をダラダラ走ってしまいがちなので、「黄金の休息」という意識をいかに持てるかがとても大切ですね。
最大酸素摂取量を増大させるために、インターバルトレーニングは欠かせません。ただし、その「意味」「リスク」「実施のポイント」などを理解していないと十分な効果が出せないのも事実です。きちんと腑に落としてぜひ挑戦してみてください。
インターバル走の注意点
最大酸素摂取量を高めるトレーニングはおしなべて強度の強いものです。特にインターバルトレーニングに関しては休息期を挟むとはいえ、最大努力に近い運動が繰り返されます。強度が強いと「やった感」が出るので、このようなトレーニングを多用する方がいます。しかし、やりすぎは怪我の原因にもなるので、あまりにも疲労度が強い場合は避けたほうがいいトレーニングですね。
また、マラソンということを考えると最大酸素摂取量だけが記録を左右するわけではありません。エネルギーを効率よく使うためのトレーニングやランニング効率を高めるようなトレーニングも必須なので、バランスよくトレーニングを実施することが大事でしょう。この辺りの話はまた機会を改めたいと思います。
最大酸素摂取量(VO2max)のまとめ
最大酸素摂取量は、ランニングのパフォーマンスを決定する生理学的指標の一つです。最大酸素摂取量とフルマラソンの記録には、一定の相関関係があるので、記録向上には、最大酸素摂取量の向上が鍵になってきます。
ただし、あくまで目標は「パフォーマンスの向上」です。最大酸素摂取量を向上させることが目的ではないので、数字やデータだけに振り回されるのはもったいない気がしています。
私は社会人になって現役時代の自己ベストを全て更新してきました。練習環境は大学生の頃と今とでは雲泥の差ですが、自分の感覚、学んできた知識、トライ&エラーを繰り返してきたことが良かったと思っています。
根性で記録は向上しません。理詰めもNG。大事なことは自分にあった練習を検証し、それを繰り返すことです。今回のお話を踏まえた上で、ぜひ皆さんも自分の練習を振り返ってみてください。それが目的に沿っているかが大事で、あっていればきちんと継続させましょう。記録向上の鍵は決して難しいことではなく、正しい知識と経験に則ったトレー二ングを続けることですからね。
私個人も、週1回は、インターバルトレーニングを入れ、心肺機能を鍛えています。効率よく記録を伸ばしたい、記録が伸び悩んでいるランナーの皆様、最大酸素摂取量を高めるトレーニングを通して自己記録更新を一緒に目指していきましょう!